新年はじめましたシリーズその2。
昔から合気道はやってみたかったのですが、
本年一念発起して始めてみることにしました。
今日最初の稽古でした。
私は武道の経験ありませんので、まずは受身の練習から。
構え方と歩き方を教わった後、後ろ受身、後ろ回り受身、前回り受身。
その後は、周りに混ざって四方投げの型をやりました。
合気道では、試合はありません。
乱取りもありません。
基本的に型稽古のみです。
また、その型も自分から仕掛けるものは無く、返し技のみです。
そういう意味では護身術的側面が強いですね。
柔道がバランスとタイミングで相手を投げるのに対し、
合気道では相手の力を利用し、間接を極めることで倒します。
老若男女問わず稽古することができる生涯武道とのことです。
普通の人だと三年くらいで初段ぐらいまでは上達するらしいので、
地道に通いたいと思っています。
稽古は水金日。
もう少しヒマな日々が続くと思っていたのですが、平日は行けなくなりそうです。
久しぶりに9時過ぎまで残業してしまったNoheです。
しばらく暇だろうと思ったから色々始めたのですが、
仕事が多少忙しくなりそうな予感。
とりあえずは今週だけですが、その後もがしがし続きそうです。
いや、仕事があるのはいいことなんだろうけどさ。
ここんとこ、あんまり仕事が忙しくなかったのです。
プロジェクトの谷間というか。
偉い人、仕事しる、みたいな状態で宙ぶらりんでしたが、やっと動き出したみたいです。
今日見た線表はありえないスケジュールが書いてありましたけどね。
まあ、いつものことかと。
とりあえず、今日は晩酌。
ウイスキーの瓶がもうすぐなくなる。
次は何を買おうかな。
> オンライン書店ビーケーワンをご利用いただき
> 誠にありがとうございます。
>
> 『moetan 2下』三才ブックス
>
> 先日、1月下旬発売予定として予約いただいた上記書籍
> ですが、出版元より、2月ないし3月下旬の発売に変更の
> 旨、連絡が参りました。
>
> 恐れ入りますが、何とぞご了承ください。
1ヶ月~2ヶ月って誤差の範囲が100%ですよ、先生。
まだ4章くらいまでしか進んでいないので、問題はないですけど。
通信講座ですが。
CMでやっている通り、道具は一式ついてきます。
とりあえず、筆おろしをしてみました(tt*)
初心者は、太い子は先端から2/3ほど、小さい子は1/3ほど手で丁寧にほぐしてやるそうです。
筆は5本ついてきました。
大中小、さらに小、書初め用?、です。
準備ができたので、さっそく書いてみることに。
入門ビデオと教本を眺め、手本を参考に1時間ほどでしょうか。
1週目は、行書の横画と左右の払いです。
言わなくてもわかると思いますが、左が手本、右が私です。
はっきり言ってへたくそですが、小学校以来にしては上出来でしょうか。
最初なのでこだわってもしょうがないと、さっさと提出してしまいました。
教本はポイントが押さえられていて、良くできていると思います。
また、物事を学ぶということ自体が子供の頃に比べてうまくなっているように感じましたね。
子供の頃は、単純作業を繰り返して「習うより慣れろ」式のやり方だったわけですが、
現状の問題点を捉えてその解決を図るという、一般的なフィードバック式の問題解決法が身についてるんだと思います。
教本は、この自分が感じた問題点の解答がある程度出ていたので、効率的に学習することが可能だったわけです。
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以下、余談。
最近、単に反映させるという意味で「フィードバック」という言葉を使っていた人がいたのですが、
帰還していないフィードバックってなんだそりゃ、という感じです。
出力を入力に戻すことを帰還(Feedback)と呼ぶのはそりゃ専門用語ですが、
「帰還」として捉えないと系として見誤ると思うんですよ。
相手からの入力を自分の出力と関係して捉える場合は、取るべき方策が違いますし、
何より繰り返しによって最終的な出力の方向を考えることができますから。
この程度のことは、意識しなくてもやっている人がほとんどですけどね。
週に5日はJ Builderを立ち上げる。
まずは習慣から。
Javaを身に着けようとして一念発起したのはいつの日だったか。
前に手をつけたのが12月頭だから、一月以上放置してしまった。
時間は作るものなので、年の瀬というのは言い訳にはならない。
たぶん、20時間もあれば今やってるのは完成すると思うのだ。
Javaの勉強をしながらだから、もう少しかかるかもしれんが。
でも、基本設計がオブジェクト指向的に腐ってるような気がするから、どうだろう。
最近、PSPと間違ってゲームギアを買ってきた親父を殴る、ゲーム中に電源引っこ抜かれて母親を刺し殺す、などの痛ましい(というか痛い)事件が起きています。
本質的な責任は、このように育ててしまった親にあると言えるでしょう。
正しい情操教育が必要とされています。
そんな時、この商品がオススメです。
情操教育玩具として是非お試しください。
別に、学校の試験の話じゃありません。
ここで言っているのは、ソフトウェアの品質を確保するための試験ですね。
面白い記事があったので、ちょっと言及してみます。
特集:Webアプリケーション開発における理論的・計画的なテストの実現第1回:テストをどう考えていますか?
(IT Media)
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私もソフト屋さんの端くれですから、ソフトウェアのテストに関してある程度は知っています。
体系的なテストというのはなかなか難しいものです。
ここを読んでいる人の中には、ソフトウェアを開発した経験がある方もいると思いますが、
どのように試験していますか?
正常系は網羅できていますか?
異常系の検証は?
組み合わせで発生する障害は潜んでいませんか?
自分で作って自分で使うアプリケーションなら、再現する障害は避けて使うこともできますが、
商用アプリケーションではそうもいきません。
ましてや組み込みソフトウェアであれば、どのような使い方をされても文句は言えないのです。
そうでなくとも大規模化し続けるソフトウェアの品質を確保するのは
これまで以上に重要になっていると思います。
冒頭にリンクした記事では、「テストエンジニア」という概念が出てきます。
この視点は大事だと思いますね。
ソフトウェアのテストをしている人間というと、単純作業をしているように思ってしまいますが、
それは「テスター」で「エンジニア」ではない。
専門的な視点から品質保証に関わる「エンジニア」でなくては、
今の時代のソフトウェアの品質を維持できないと思います。
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ひるがえってみて、自分の仕事を考えるとなかなか痛いですね。
私の職分はテストではなく仕様設計ですが、
テストと設計は表裏一体だというこの記事の指摘が、かなり痛いです。
今、先行開発的なプロジェクトで、自分で書いた仕様で作られたソフトを自分で試験しているんですが、もうボロボロ。
何がボロボロって、仕様書に書いてあるべきことが書いてないんです。
常識的に判断すれば、現状の動作はNGなんですが、仕様通りと言えなくもない。
それはつまり、仕様書が悪かった、ということに他なりません。
実際に動くソフトウェアをイメージできず、場当たり的に作成した結果は、
非常に悲惨なものになってしまったということです。
確かに、「とにかく一度文書にしろ」とか「先行開発だから細かいところは適当でいい」とか言われてましたし、
まともなレビューは一回も入っていません。
しかし、この品質は、少なくとも私には受け入れられませんね。
これで良く作ったものです。
この品質では、ウォーターフォールだったら開発は不可能だったでしょう。
相手がアメリカ人で、メールベースのやり取りしかなかったというのもありますが、
一義的には私の仕事の結果であり、自分の力不足に恥じ入るばかりです。
今回のプロジェクトでは、テストドキュメントを書くことの難しさを思い知っただけでなく、
そのインプットとなる仕様書の品質の重要性を痛感したのでした。
前からOutlookにむかついていたので、Thunderbirdを入れてみました。
前はスケジューラとして使っていたのでOutlookだったのですが、
今は紙手帳でスケジュール管理してるので、Outlookを使う理由はもはやなくなっていたのです。
単に惰性で使ってただけ。
結果は、単にスレッド表示できるメールクライアントを求めていただけなので、あっさり満足。
いや、今日入れたばっかりだから特にまだ何も感じていないというか。
普通に直感で使えますよ。
あ、メールアドレス入力のオートコンプリートがあるのも重要。
私がOutlookを惰性で使っていたのは、オートコンプリートがないメーラはもはや使えないから。
とりあえず私の要求は満たしているので、このまま使い続けるかと。
移行が面倒だし。
Outlookからはメールのログとアドレス帳をインポートできるので、
Outlook系を使っている人は簡単に移行できます。
ただ、アカウントの設定とフィルターの設定は移行できません。
Subjectはたまに化けます。
これは、標準の文字コードをどうするかの問題です。
日本語のメールは普通JISコード(ISO-2022-JP)で送りますが、
(というか、Thunderbirdはデフォルトの文字コードを設定する場所がある)
それ以外の文字コードでエンコードされている場合、Subjectが化けるのかも。
Outlookでは正しく表示できていたので、回避方法はあると思うんですけどね。
時間があれば少し調べてみます。
なぜかウリになっているRSSリーダーは微妙。
だって、Firefoxと連携してくれないんだもの。
RSSフィードURLを直接入力する必要があり、非常に面倒。
たぶん、Firefoxと連携するプラグインが存在すると思うんだけど。。。
別にそれほど使わないしねえ。
| 年収300万円時代を生き抜く経済学 | |
![]() | 森永卓郎著 出版社 光文社 発売日 2003.03 価格 ¥ 1,470(¥ 1,400) ISBN 4334973817 bk1で詳しく見る ![]() |
思ったより奇抜な本じゃなかったですね。
世間で言われている通りの内容です。
ざっくり言うと、
年収300万円時代がやってくるのは避けられない。
年収300万円でもそれなりの生活はできるから、あきらめてゆとりのある生活をしよう
です。
言っていることはそれほど的を外してはいないんですが、
個々の議論のつなぎ方が粗雑で、パーツを無理やりくっつけてる部分が結構あります。
もう少し洗練させればもっとまともな本になったと思うのですが、
結論に持っていくために力技を使うのは彼の癖のような気がしますからねえ……。
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では、まず読む前の偏見と比較しながら、内容を語ってみましょう。
「1章 日本経済におきた『最大の悲劇』」
Nohe wrote:
> バブル崩壊前、高度経済成長期には戻らないという意味では同意。
> 日本は産業構造が変わりつつある。
この章で語られているのは「小泉内閣は景気を回復させようなどとは思っていないのではないか」という陰謀史観。
確かに議論としては成立しているが、ちょっと痛い。田中宇的。
「2章 日本に新たな階級社会が作られる」
Nohe wrote:
> 階級史観キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!
> おまいは日本社会が労働者と資本家に分かれ、労働者は搾取されるとでも言いたいのか?
> 19世紀に戻りなさい。
陰謀の詳細な説明。
この章で情報革命について森喜朗と同じ程度しか理解できていないことを露呈。
ITバブルは確かにバブルで、株価収益率が数千倍というのは常識でありえないことでしたが、
そんなん素人の私でも気づいていました。
学者やら政府やらが旗を振ったせいだといってますが、そんな旗に踊る方が無能すぎ。
そもそも情報革命のもっとも大きな価値は、情報の流れが変わることです。
私が今やっているみたいに、マスコミにもてはやされている学者に個人が噛み付けることもその一つです。
このBlogは私の自己満足ですので世の中をどうこうするつもりはないですが、
2ちゃんねるぐらいの規模になると、世の中に影響を与えることも出てきます。
この話は、こちらの本に詳しいです。
「3章 1%の金持ちが牛耳る社会」
Nohe wrote:
> アメリカ嫌いなんですね。
> それにしてもスローガン好きですね。1%っていうと誰にでも分かりやすいですもんね。
> たぶんこの人は、軍隊は将官が戦争をするものだと思ってるタイプですね。
> 日本軍は下士官で保っていたと言われていたのに、嘆かわしいですね。
> あなたには、武田信玄のこの言葉を送ります。
> 「人は石垣、人は城。」
アメリカ嫌いを公言。(P115)
でも、後で詳細に述べるとおり、士官・下士官に当たる人達を全く無視するのはどうかと思います。
「4章 年収300万円時代の『豊かな』生き方」
Nohe wrote:
> この本の内容に素直に頷いてしまうような人にとっては、有用な章だと思われます。
> 「勝ち組」になる考えを捨てたら、確実に「負け組」になれますから。
この本で比較的まともな部分。
というか、ここが書きたかっただけらしい。
前振りは理屈をつけたかっただけなので、粗雑な議論を垂れ流していただけのようです。
ぶっちゃけ、ここだけ読めばいいです。
3章までは詭弁や電波がけっこうあるので、耐性がない人には有害ですから。
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次に、本書の中心となる300万円層についてです。
Nohe wrote:
> モリタクの言う「年収300万円時代」は来ないと私は思っています。
> 彼は一握りの金持ちとそれ以外の貧乏人に分かれると思っているようですが、私は
> 「年収600万円から1000万円のプロフェッショナル層」
> 「年収300万円の単純労働者層」
> 「年収150万円のフリーター層」
> に大きく分かれると見ています。
モリタクは
「1億円以上稼ぐような一部の大金持ち」
「年収300万~400万ぐらいの世界標準給与をもらう一般サラリーマン」
「年収100万円台のフリーター的な人たち」
の三層構造に分かれると言っています。(P135)
ところが、彼はその直前のP131で
「経済の知的創造社会化、あるいは経済のサービス産業化」
のために
「知的創造物となると、それこそ一銭にもならない人から何億円稼ぐひとまで、生み出す付加価値に途方もない格差がつく」
「報酬の単価で差が生まれるだけでなく、仕事の量でも差が生まれる。だから知的創造社会化は、半端ではない所得格差を生み出す」
と言っています。
この議論が、三層構造の話にぜんぜんつながっていきません。
一般サラリーマンがこの議論から浮いてしまうのです。
後の議論では、「とりたてて能力のない『普通の人』」(P172)が一般サラリーマンであるような言い方をしていますが、
厳密な議論はされていません。
付加価値の話を考慮すると、違った結論になると思います。
モリタクは、アメリカでの大金持ちの例として大企業の社長や大学教授、芸術家やスポーツ選手などを
挙げていますが、確かに彼らは高い付加価値を生み出しているのでしょう。
一方、現実の大きなサービスを作ろうとすれば、たくさんの人が要ります。
この人々は付加価値を生み出していないのでしょうか?
一般的に、どんな組織でも2割くらいの人間が中心になっていると言われています。
私の実感から言ってもこれは一致しており、組織の原動力はこの層が生み出しています。
それ以外の人々は、実際に手を動かして財やサービスを具現化します。
私はこの人たちをよく「人足」と呼びます。(MS-IMEでは変換できない……)
人足がいないと実際には作れないのですが、人足だけでは何も作れません。
組織の構成要素としては人足は非常に重要なのですが、付加価値を生み出しているのは2割の人達でしょう。
モリタクの言うエリートもこれに相当するかと思うんですが、
エリート層の幅がちょっとぶれすぎです。
1%の大金持ちだったり、有名大学を卒業した社内エリートだったり、1割の「勝ち組」だったり、ばらばらです。
たぶんこれは、彼が学者だからでしょう。
基本的に個人で仕事をするから、組織での作業を実感として知らない。
概念としてさえエリートの層を正確につかんでいないのですから、
その場の議論で都合がいい幅で適当に話をするようになります。
こういう傾向は本書の中でもしばしば見られ、彼の限界を表しているように思いますね。
本人がそれを意識しているかどうかが最大の問題ですね。
さて、話を戻して組織内で付加価値を生み出す2割の人々についてです。
この人々が同じように付加価値を生み出すわけではなく、やはりピラミッド構造をしていると思います。
たとえば、齋藤孝が著書のどれかで言っていましたが、マニュアルを作るというのは非常にクリエイティブな仕事です。
マニュアル人間には到底できない仕事ですね。
しかし、マニュアルを正しく運用することも、マニュアル人間だけだと難しいです。
マニュアル人間は、マニュアルの意図を読めないからです。
マニュアルを作った人間は大きな付加価値を生み出していますが、
運用する人間もそれなりの付加価値を生み出していると言えるでしょう。
要するに、
付加価値の有無でデジタルな二分化はされず、
付加価値の大きさでアナログに分布するだろう
ということです。
モリタクはせっかく知的創造社会化に目をつけたのに、結局スルーしています。
いや、センセーショナルな結論を出すためにわざとやってるんでしょうね。
ともあれ、一定以上の付加価値を生み出す人間はプロフェッショナルとして扱われ、
企業から使い捨てされることはないと私は考えています。
エリートは使い捨てされないとはモリタクも述べていますが、プロフェッショナルとエリートの違いの議論があいまいです。
エリートの定義が「お金をたくさんもらう人」なので、これも付加価値云々の議論とかみ合っていないです。
だから、矛盾した議論になります。
ここからはモリタクが本書では議論していない部分ですが、
私はプロフェッショナルにスタッフは含まれないと考えています。
ここでいうスタッフというのは、経理とか総務とか直接利益を生み出さない部門です。
もちろん、スタッフ部門でもプロフェッショナル的な人間は必要ですが、それは一部です。
そもそもスタッフ部門というのが事務処理を一元的にやろうという趣旨の部門ですからね。
定型作業が多いでしょう。
また、スタッフ部門は作業量が一定の場合が多いです。
季節的な変動はあっても、通年ではそれほど変化しない。
だから、業績によって柔軟にリソースを管理する必要性は薄いのではないでしょうか。
さらに、その割りにスタッフ部門は重要な情報などに接する機会が多いです。
ですから、派遣とかパートとかを使える範囲はある程度限られると思うんですね。
(最近、こういう部門をアウトソースする動きもありますが。)
よって、スタッフ部門は正社員を使い続ける会社は多いと私は考えています。
しかし、直接は付加価値を生み出していませんから、この人々の給与はそれほど上がらないでしょう。
年功序列が崩れた今、仕事の内容が変わらなければ給与はそれほど増えませんからね。
リーダー以上にならないと、300万円台で上げ止まるでしょう。
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結論としては、私は4階層に分かれると考えます。
「資本家」
「プロフェッショナル」
「サラリーマン」
「単純労働者」
「資本家」はモリタクがイメージしている大金持ちにほぼ等しいです。今もいます。
この層の特徴は、自前のお金でお金を生み出すことです。
なので、年収というくくりはあまり意味ないです。
総資産で考えるべき人達ですね。
「プロフェッショナル」は前述の通り。
付加価値を実際に生み出す人達です。
年収は現状維持で600万から1000万くらいでしょうか。
「サラリーマン」は、専門的な定型作業や、単純労働者の現場監督をする正社員です。
正社員であるからには300万円程度の給与は保障されるでしょう。
「単純労働者」は、時給労働になるでしょうから、100万円台でしょう。
最近の総合スーパーとか、パートを戦力化するためにかなりシステム化されてます。
うちのおかんが近所のジャスコで働いているんですが、
研修とかあったり評価制度があったり、一部は社員並です。
(パートタイム社員と呼んでいるみたいです)
でも、逆に言うとそこまで戦力化しても時給でいくら、なわけです。
企業のシステム化の進歩は、人足に求める技術レベルをかなり下げている、とも言えるでしょう。
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プライベートな時間で人生を楽しみたい人は、モリタクの言う通り「サラリーマン」になった方がいいでしょう。
でも、仕事にやりがいを感じたいとか、仕事に邁進する理由のある人は、プロフェッショナルを目指すべきでしょう。
私がプロフェッショナルにこだわるのは、私がエンジニアであることにこだわっているからです。
ものづくりをしているエンジニアというのは、付加価値を生み出すことを絶対的に求められます。
付加価値を生み出せなかったら脱落するのは、私にとって当たり前のことです。
ただ、今までは終身雇用制だったので違う部門に飛ばされていただけです。
ものづくり以外に日本が生き残る道は、おそらくありません。
日本は、付加価値を実際に生み出していたエンジニアを単純労働者と同等の待遇で働かせてきました。
そういう背景を無視して、サラリーマンと十羽ひとからげにして300万円層にしてしまったら、
日本は三流国に転落する可能性が高いです。
エンジニアが「労働者」扱いされなくなる日が来ると良いのですが。
今、バイクは修理見積もり中なんですが、
乗り換えるにせよ1月半ばにはどうにかなっている予定です。
バイクが戻ってきたらちょっと遠出してみたいなーとか思っていたのですが、
箱根駅伝見てたら箱根に行きたくなったので、地図を見ながら妄想。
備忘録代わりに残しておきます。
■ルート1
藤沢の実家から海岸に出て小田原で休憩。
箱根ターンパイクを通り、芦ノ湖の箱根神社に参拝。
箱根スカイラインからR401を通って御殿場市街を抜け、
R246→伊勢原藤沢線で帰宅。
■ルート2
箱根ターンパイクまではルート1と同様。
その後、熱海箱根峠線→伊豆スカイライン、宇佐美でR135に出て北上。
真鶴岬によって、海岸線沿いに帰る。
季節柄ルート1は厳しそうなので、ルート2で検討中。
時期は1月末くらいか?
あれ?スキーは?
今日は、鎌倉の鶴岡八幡宮に初詣に行ってきました。
家族と行ってお参りして帰ってきただけですが、かなり人多いですね。
約185万人の人出だそうです。
13時過ぎくらいだったためピークは過ぎていたようで、
しばらく並んでいたら参拝できました。
といっても30分以上は最低でも並んでいましたが。
ぽかぽかと日差しが暖かかったので、ぼけーと半眼で並んでいたら結構すぐでした。
鶴岡八幡宮はちゃんと参拝したことなかったので、
人が少ないときにもう一回行ってみようと思っています。
年初の一発目のエントリは非常にアレな方向で、今年の行く末を暗示しているようです。
今年の抱負は、
「雑念を減らすため、己を滅する」
です。
ZEN MINDですよ!奥さん!
後は、積み本のコンスタントな消費と、勉強をもう少しするようにと。
今年は資格はあまり取るつもりないので、プログラミングをもっとしたいですね。
まだありました。
大型自動二輪の教習も全然進んでないし、そもそもバイクに乗るのが下手すぎですので、
もっと修行するようにと。
とりあえず体と目を鍛えようと思っています。
あと、日常のメンテナンスが自分でできるようになることも目標の一つですね。
意外とやりたいことあるんだなあ、ワシ。
別稿でArrowにおける販売戦略について述べたが、今回は販売データを測定したので、本稿ではそれに対する考察を行う。
為念、前稿と同じファイルへのリンクを下記に貼っておく。
Download file
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まず、全体の経過を述べる。
開始後3、40分で、RURU氏および私の知り合いが来訪。頒布物を贈呈する。以後、11時過ぎまで有料頒布は無し。11時半前に何人かに頒布。その内一人はリピーターであった。その後、12時過ぎまで有料頒布無し。その後、13時前にノートPCの電池が切れたことに伴い、Popを作成する。後はPopを改良しながら少しずつ頒布した。
傾向としては、最初から最後まで有料頒布のペースはそれほど変わっていないことがグラフから読み取れる。しかし、人通りとお客様の行動はかなり異なっていた。11時まではほとんど人は通らず、11時から12時までは人は通るが足を止めていただいた方は比較的少なかった。12時以降は足を止めていただける方が10分に一度くらいでいるような雰囲気であった。
前回は、13時以降の頒布実績がほとんどないが、これはRURU氏不在と私のモラル(eの付く方)の低下によるところが大きい。目を留めていただいた方に対する足を止めていただく努力を継続すれば、かなり遅い時間でも頒布が可能であると考える。そのためにはC65の考察でも述べたが、最後まで戦い抜く精神力が肝要である。また、実弾数に限りがある無料頒布に必要以上に頼らないようにし、それ以外の戦術の開発も進める必要があると考える。
以下、詳細に検討する。
まずは無料頒布誌である「魔法使い」に関してである。12時過ぎには頒布終了しているが、それまでの11時台の頒布ペースはほぼ一定である。これは、この時間帯の通行人数と受け取ってもらえる確率から、無料頒布のペースがおおよそ決まることを表しているのではないかと考えている。13時以降は人通りも減るが、このペースで配布すると15時まで持たそうとすると50部は必要なのではないだろうか。
また、今回11時台に無料頒布を積極的に行ったが、有料頒布へはほとんどつながったのは2例だけである。20部無料頒布して2名しか顧客を確保できないのは、投資として無駄が大きいと考えており、戦術の見直しが必要ではないかと考えている。その一つが、前稿でも述べたPopの強化である。足を止めてもらうことには成功しているので、その後を重点的に強化するのは、戦略として妥当性がある。
また根本的問題として、ジャンルとして創作文芸はその同人誌の入手を目的として即売会に参加する人がほとんどいないことがある。これを鑑みるに、強化する時間帯にメリハリを付けることも検討して良いのではないかと考えている。要するに、早い時間帯では無料頒布で足を止めてもらっても購入の検討をしてもらえない確率が高いということである。今までの経験で言うと、一瞬目を留めていただいただけのお客様は、無料頒布本を受け取っていただいても購入へつながらないことが多い。興味を持って見ていただける時はこちらでも大体わかるが、この場合の方が購入へつながることがずっと大きいと感じている。これは、購入への心理的経過を考えれば当然の現象である。
結論としては、チラッと見てもらった方を無料頒布で止める、という方法は限界があると感じているため、そういう方への無料頒布を控える、ということである。これは当然頒布機会は減少するので、必ずしも有効であるとは限らない。根拠としているのも数値データは今回のもののみである。次回は今回と同様の戦術を取り、より詳細なデータを収集するのも有りではないかと考えている。
次に新刊「葬儀屋アルケミストオールマテリアル」について考察する。
新刊は良好なペース、というほどではないが、それなりのペースで出続けていた。これは表紙が非常に(*´д`;)であるために手にとってもらえる機会が大きいこともあるが、同人誌即売会においては「新刊」ということでの付加価値が大きいことも挙げられるだろう。有効なPopがあればもっと強力に訴求できたのではないかと考えており、今後の反省点としたい。
次に「葬儀屋アルケミスト」についてである。新刊が本作品の続編であることもあり、新刊を買ってくださる方に「こちらの続編です」と一言添えることで強力に訴求することができた。これは表・グラフにも良く表れており、同時頒布がほとんどであることがわかる。
なお、昨今の錬金術師ブームも一役買っている可能性を付記しておく。
次に前回の新刊である「the One ――ただ、唯一の」についてである。今回の有料頒布実績は、全部買いによるものが3件、リピーターによるものが1件である。つまり、直接一見さんへの訴求がほとんどない。前回の頒布実績もかなり悪く、一見での訴求力が低いのではないかと考えている。(読んだ方の評判は良いとのこと)
しかし、Popで説明を追加してからは手にとってもらえることも多かったため、第一印象を改善することができるのではないかと考えている。表紙の差し替えが有効な手段として挙げられるが、在庫が多いために難しい面がある。在庫処理というと多少語弊があるが、内容に自信があれば無料頒布とするのも広報活動としては有効なのではないかと考えている。なお、広報活動が今後の頒布につながっているかどうかは不明である。
最後に「熱帯魚と死者の夜。」である。これも今回はあまり出ず、全部買いによるものが3件、単体が1件である。C65では無料頒布の続編であることで有効に訴求できたが、今回は新刊が主力であったため、ほとんどてこ入れは行わなかった。全部買いの際に客単価を高めることができたので、ラインナップにあった意味はあると考えている。
さらに全部買いについて記す。有料頒布対象18名中3名であるので、これは無視できる数字ではない。しかし、これ以上頒布物の点数を増やしていった場合にどの程度全部買いをする顧客がいるかは未知数である。現在は全部買いで500円であるため、気軽にできることは大きいと考えている。全部買いで1000円に達するまではラインナップを充実させる方向で良いと個人的には考えている。
また、客単価についてだが、277.8円であり、これまでに対して大きく増加していることを特記したい。無料頒布も、ノートPCによるデモも、顧客数の増加への施策であるが、足を止めてもらう人数を今以上に増やすことはなかなか難しい。足を止めていただいた方へ確実に訴求することが第一だが、客単価の向上がなければ売り上げの向上は難しいと考えている。参加費の回収へ向けて売り上げアップを目指すのであれば、客単価の向上は必須である。
総括として、今後の方針として以下の提案をしたい。
1.無料頒布のペース配分
2.見本誌の導入
3.単価200円以上へのシフト
1は本稿で詳しく述べた通りであり、13時以降の「興味を持ってくださった方」に対して無料頒布誌を残すべきであるということである。これは、一定数を後半戦へ取り置きするという方法でも可能だが、つい勢いで配ってしまう可能性が高いので、前半戦を押さえ気味にすることを意識することとしたい。数字としては12時までに20部、それ以降で15部くらいではないかと考えている。
2は前稿で述べた通りである。特に帯の装備は有効であると考えており、ぜひ検討していただきたい。
3は本稿の最後で述べた客単価の向上に向けた施策であるが、個々の同人誌の体裁を良くするためには原価が上がるため、必然的に200円以上になってしまうのではないかと考えている。逆に、原価を下げるために今の製法を維持するのは有効な方法ではないと私は考えているということである。これは、相場との兼ね合いで100円は安すぎるのではないかと感じていることも理由の一つである。