先日、朝鮮日報は比較的まともだとお伝えしましたが、
やはりウリ民族の電界強度は伊達ではありません。
韓国は数年前から突然「日本海」という表記に難癖をつけてきたわけですが、
自分の主張と現実の乖離に気が付いていないようです。
(上記記事より)
> 「5千年間培われた豊かな文化遺産や世界トップのIT強国、世界12位の経済通商大国に成長した韓国のイメージなど進取的かつ肯定的なイメージ内容を一日も早く紹介しなければならない」と話している。
ちなみに、この5千年というのは韓国が主張している朝鮮の歴史の長さです。
5千年前に存在した檀君(一発変換)という半人半神の王に治められた国が朝鮮の起源なのだそうです。
12世紀の歴史書に書いてあるので、間違いないそうです。
中国の歴史書は無視だそうです。
むしろ、中国の紀元前の歴史書の記述が間違っているという主張を、12世紀の朝鮮の歴史書に基づいて行っていたりします。
不思議な人たちですねえ。
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楽韓者として自分の位置を主張するために再掲。
電波は天然モノが一番ですよ!
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資料:対韓状態遷移図
【同類ゾーン】 【ベテランゾーン】
.殺韓←滅韓←恨韓.─────┐┌→諦韓───→慰韓
↑ ││ ↑ │
│ ││ ↓ ↓
思考停止 侮韓.←─┐ ││ 哀韓→憂韓→達韓【悟りの境地】
↑ ↑ │ ││ ↑ ↑ |
│ 冷韓 │ ││ │ ┌┘ │
│ ↓ ↓ ↓│ ↓ │ ↓
親韓→知韓→疑韓→嫌韓→反韓←→怒韓-→呆韓←→笑韓←→楽韓 至韓
↑. └┐. ↑ 【一般人ゾーン】 ↑. │ ↑ ↓
好韓 . | └──────────┘ ┌┘ | 極韓→超韓
↑【洗脳ゾーン】. ↓ │ | 【神の領域】
興韓 それでも親韓⇒思想板へ │ |
↑ ↓ │ ↓ 【麻薬ゾーン】
無韓 思考停止(嫌嫌韓厨・工作員). | 酔韓→習韓→毒韓→廃韓
↓ ↓ ↑
敬韓 弄韓→快韓→痴韓
↓ ↓ ↓
隷韓 悦韓→愛韓→しお韓
【売国奴ゾーン】 【変態ゾーン】
最近読んで面白かった本です。
「内側から見た富士通 「成果主義」の崩壊」
城 繁幸 著 光文社ペーパーバックス
(→bk1)
1993年に成果主義導入に踏み切った富士通が、結果的にぼろぼろになってしまったという、元富士通人事部社員による告発ですね。
・評価の割り当て人数が決まっており、実質は相対評価だった
・「各部がそれぞれ何人悪い評価を引き取るか」が管理職同士の力関係で決まっていた
・管理職以上はほとんど評価A
・社員が「目標シート」で設定された仕事以外をしなくなった
・「目標シート」が部長級以上から無視されていた
・人事部は制度の欠陥に気づきながら、責任を取ることを恐れて放置
という惨憺たる状態だったようです。
(本書の内容をどこまで信用していいかはわかりませんが)
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富士通は去年何とか黒字を確保したようですが、給料カット・子会社株売却などによって無理やり利益を確保したといわれており、
上記の体制が改善されていないなら、これからの先行きも暗いでしょうね。
日本の会社のおよそ7割が何らかの形で成果主義を導入していると言われています。
私の属している会社も成果主義を導入していますが、それが健全な形であるかはわかりません。
少なくとも、管理職になるのが上がりで、部長が仕事をしていないような会社は淘汰されるべきだと私は思っています。
そうした名誉職としての管理職が1000万円以上もらっていた陰で、業績に直接寄与している現場の技術者がその割りを食っていたわけですから。
日本の企業、特にメーカーは技術者をどのように遇していくかをちゃんと考え直さなければいけない時期に来ていると思います。
ノーベル賞受賞の田中さんは役員並みの給与をもらっているそうですが、
受賞がなかったら同じように業績に寄与していても待遇はもっと下だったかもしれません。
高級技術者を(管理職にして給与を引き上げるのではなく)技術者として厚遇するという前例が作られたというのは大きなことではないでしょうか。
私の属している会社(のグループ)では、技術エキスパートという肩書きが存在しています。
課制を廃して、マネージャーとエキスパートと分けているわけです。
しかし、実質はマネージャーと同じ業務をしているようです。
移行期では仕方がないかもしれませんが、少しでも早く実質が名前に伴うようになるべきでしょう。
日本が技術立国としてこれからも生き残っていけるかどうか。
そうした試金石の一つが、日本的成果主義を作り出すことができるかどうかにかかっていると思います。
ディプロマシーというゲームがある。
第一次世界大戦前の欧州を舞台にした外交ゲームである。
7人のプレイヤーはそれぞれ英仏伊独露墺土を担当し、覇権を目指す。
偶然は完全に排され、戦略と戦術、そして各国の交渉のみが支配するシビアなゲームだ。
信頼と裏切り、脅迫と懇願が交錯する中で、プレイヤーは自国の利益を追求する。
このゲームは一見すると自己の利益のみを求めることが勝利への近道のように思える。
しかし、エゴイストはこのゲームでは勝利することはできない。
なぜなら、自己の利益のみを追求すれば、交渉は成立しないからだ。
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交渉とは、相反するお互いの利害を調整し、納得できる点を見い出す作業と言って良いだろう。
しかし、双方が最善を諦めて妥協しあうことがその目的ではない。
共存共栄、WinWin関係を築くことができるならば、それに越したことはない。
ゼロサムゲームでない限り、相手の不利益は自分の利益とイコールではないのだ。
単純なエゴイストは、直接利益を追求するので行動が予測しやすい。
それゆえ、非ゼロ和多人数ゲームにおいてはまっさきにカモにされる。
非ゼロ和ゲームはたった二人でも深刻なジレンマが発生する。
それが7人である。
全ての可能性を検討しても、何の結論も出ない。
可能性を絞り込むことができる情報というものが大きな価値を持つ。
それゆえ、予測されているということは、それだけで致命的な弱点なのだ。
しかし、お互いに相手の行動を予測可能であることは、必ずしも交渉の妨げにならない。
可能性がせばまることで、逆に交渉の枠組みができるのである。
俎上に上るのは、残されたわずかな選択肢のみであり、お互いの益、不益が目に見えるようになる。
ここに至っては、最低限受け入れざるを得ない不利益と、追求するが許される利益の範囲から、双方が一定の決断をせざるを得ないのである。
ディプロマシーというゲームはここが良く出来ている。
1対1の交渉の範囲は広すぎくもなく狭すぎくもない。
そして何より1対1で完結しない点である。
交渉は基本的に1対1で行うが、自分と相手の双方と利害が存在する第三国が存在している。
今目の前にいる相手と交渉が成立しなかったとしても、交渉相手は他にいるという事実は、
交渉の範囲を飛躍的に大きくする。
そう、交渉を打ち切ることが可能になるのである。
こうした場合、妥当な範囲を超えて自己の利益を主張するものは、交渉相手として認められない。
そして交渉からはじき出されたものは、交渉の結果として得られた最低のものすら得られる保証はなくなる。
こうした理由により、エゴイストはゲームの勝者にはなれないのである。
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(以下、要するに延々と仕事の愚痴で、時間のない諸兄は読む必要はない駄文)
ここで話を転じよう。
現実世界において我々がどのような交渉をしているか、である。
それはゼロ和であることはほとんどなく、プレイヤーも無数にいる。
何より、プレイヤーは複数の立場のプレイヤーの集合からなっているのだ。
単純なゲーム理論は適用できない。
しかし、基本的な原則は生きている。
その一つが、エゴイストが利益を得ることが難しいことである。
私はメーカーの末端に席を置いている。
メーカーとはモノを作り出し、世の中に送り出すことを存在意義とする。
そして、競争相手がいる以上、より高い価値を持ったモノをより低いコストで作り出すことが求められる。
昨今の世の中では、少数の職人が個人の技でモノを作り出していく世界はほとんど残っていない。
様々な立場の多くの人たちがそれぞれの役割を果たして1つの製品を作り出していくのだ。
そして、その役割の中には、一見して対立する項目も存在する。
一般にモノづくりで大事なのはQCDといわれる。
Quality(品質), Cost(費用), Delivery(納期)である。
この基本的な三項目ですら、互いに対立している。
費用と時間をかけさえすればいくらでも品質をあげることはできるのだ。
経済活動としてのモノづくりは、このバランスで成立していると言ってよい。
そのバランスを、それぞれの立場から追求する。
そこで、交渉が発生するのである。
品質がひどくても、値段が高すぎてもモノは売れないのである。
もちろん、時期を逃してしまえば売れるものも売れなくなる。
私が属しているのはソフトウェア開発の現場である。
ソフトウェア開発は費用=人件費であり、
中核となる技術者の人数からして費用を投入しても納期は一定以上は短縮できない。
納期を無理に短縮すれば、品質に跳ね返ってくる。
よって、大抵の交渉は品質と納期の綱引きになる。
だが、市場は待ってくれない。
納期は短くなるばかりであり、だからといって一定の品質は確保されねばならない。
そもそも、一定の品質に達しなければ、ソフトウェアは動かないのである。
動かないソフトウェアは、製品として成立しない。
そこで、どこかで手を抜く必要が出てくるわけである。
問題は、どこで手を抜くかだ。
そういう議論になるはずである。はずであると思う。
しかし、なぜかそうなっていないのである。
開発側は技術的に困難である理由を繰り返し、
企画側はそれを受け入れることを拒否する。
主張は平行線をたどる。
そして貴重な時間は失われる。
落としどころを探らない交渉などに意味はないと私は考える。
繰り返すが、自己の利益のみを主張しては、交渉は成立しないのだ。
最初から最後まで、相手が受け入れられない主張を繰り返して何になるというのだ。
いや、相手が受け入れられるかどうか考慮せずに主張しているのが根本的な原因か。
その相手は、私から見れば交渉の成立する相手である。
少なくとも、私には数回は可能だった。
理を説き、対案を挙げ、お互いに懸案の理解を深めていけば、落としどころは見つかると思う。
製品に対して責任を持つ立場からすれば、「できない理由」などに価値はない。
求めているのは解決策である。
「できない理由」が情報として必要なのは、障害を顕在化させて乗り越えるためだ。
たとえ乗り越えられなかったとしても、迂回することは出来るのである。
そうした様々なオプションの中から、最善と思われるものを選ぶのである。
今提示されているものの中から選べなければ、選べる選択肢を探し出さなければならない。
少なくとも、その努力を怠っていては何も進まない。
交渉術とは、お互いが受け入れられる選択肢を探し出す技術でもあるのだ。
延々と「できない理由」を主張し続ける人に「あの人は話が分からない」などという愚痴を聞かされるのはまっぴらである。
単に、交渉が通じる相手は交渉しようとしない相手には厳しいだけだろう。
自己の利益だけを主張してはいけない、というのは、交渉をする上でのコモンセンスなのだから。
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