2004年05月26日

電子消費者契約通信未納利用料請求最終督促状

タイトルを打つだけで一苦労です。

ちまたで流行っている督促状詐欺が私のところにもやってきました。

tokusoku.jpg

大仰な法律名が書いてありますが、
ぐぐるさんに言わせると、そんな法律ないそうです。

正確には電子消費者契約及び電子承諾通知に関する民法の特例に関する法律みたいです。
(もっと長っ)
実際の法律の名前が間抜けなので、ご親切にもかなで書いた部分を省略してくれたようです。

つっこんでるときりがないので、以上。

2004年05月25日

技術の正常進化

先日の記事に対してさっそくトラックバックをいただきました
単なる挨拶のトラックバック返しは主義に反するので、もう少し論を進めたいと思います。

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先日の私の記事では、技術の進歩が「仕事の時間」の削減につながらないのは
ビジネスの本質からしてやむを得ないと述べましたが、
「スローライフのススメ」という言葉が出てくるからには以前より加速しているのでしょう。
これはなぜか。

答えは、単純作業にかかる時間がどんどん短縮していることだと私は考えます。
以前はすべて人力で作業を行っていたため、単純作業がボトルネックになりがちだったのに対し、
人間が本質的にやる必要がある「仕事」がボトルネックになることが多くなっているのが、
ビジネスが忙しくなる原因なのではないかと思います。

今までは重要な仕事をがんばって終わらせれば、
それに付随する単純作業が終わるまでは一段落できたわけですが、
今ではあっという間にそれが終わってしまいます。
集中して取り組むべき本質的な仕事の割合が上がっているわけです。
これが精神に負荷をかけているので、より忙しく感じているのだと思います。

しかし、単純作業が減ったことが悪いことでしょうか?
より本質的な仕事に集中できるようになったのは、技術の進化する方向として間違っていないと私は思うのです。

しかしそこで出てくるのが、BRAIN PROJECTORの逆さ独楽さんも繰り返し述べられている情報の質です。
本質的で重要な仕事に取り組むには、多くの情報が必要になります。
よって、単純作業が減ったことで、情報そのものを処理する時間の割合が増していると考えられます。
さまざまな情報の処理を効率的に行うことの重要性はますます増しているのです。
そうした情報の本質を見抜き、纏め上げる能力。
これこそが情報化社会を生き抜くのに最も必要とされているものでしょう。

伊達で一日諜報活動とかやってるわけじゃないのですよ?
(と、リンクしようとしてWebに一日諜報活動を説明したページがなかったことに気づき、作成。)

#情報化社会という言葉も、マスコミのせいでだいぶ手垢がついてしまった感がありますが、
#この言葉は20世紀末から21世紀にかけての社会をよくあらわしていると思います。
#情報「化」社会なのがキモです。
#女子高生がポケベルからPHSへ、そしてケータイメールへ乗り換えていったように、
#過渡期にあるのが今我々がいる社会であり、非常に面白い時期でもあります。

以上のように、世界のスピードアップは必ずしも情報技術が直接の原因となるものではなく、
情報技術が進歩したからこそ、それに人間が対応する必要は増しているのです。
そうした意味で、
もしそこから降りたいというのなら、情報の有為性を見極めて自らにとって必要な情報のみを取り入れる意識を持つことが大事になるでしょう。
という指摘は、まさに正鵠を射ていると言えるでしょう。
単に諦めてレッツスローライフでは、世捨て人になることとなんら変わりはありません。


さて、先日のゼロ・ハリ氏の記事は連載であったらしく、続きが掲載されていますが、
今回は何が言いたいかさっぱりです。
RFIDはすげぇ、なんてことは、新聞で喧伝される程度には知れ渡っていると私は思っています。
セキュリティが重要なんてことも、ユビキタスコンピューティングの大家である坂村先生は昔から言っています。
(この本がオススメ→bk1Amazon
何をいまさら、という感じは強いですが、氏によって改めて紹介されること自体に意味があるのでしょう。

しかし、前回感じられた押し付けがましさは増しているように感じます。
要するにこの人は、技術の進歩についていけなくなっただけなんじゃないでしょうか?
技術の進歩が幸福のみをもたらすものではないことなんて、
18世紀の啓蒙思想家だって言ってそうな手垢がついたテーマです。
SF作家だって腐るほどそのテーマで書き散らしていることは間違いありません。
RFIDがプライバシーを侵害することなんて、核兵器が戦争のロマンを奪ったことに比べれば、
人類に与える影響なんて微々たる物です(暴言)

スローライフという考え方は認めます。
そういう生き方もありでしょう。
しかし、私はエンジニア(の卵)として、技術の進化を否定することはできません。
たとえ進化の果てに絶滅しかないとしても。

2004年05月23日

情報技術の進化とは?

「スピード」は「習慣性のある合法ドラッグ」なのだろうか?

少し前にこの記事を読んで、「ふーん」とか思っていたんですが、友人がBlogでコメントしていたので、ちょっと言及。

彼はBRAIN PROJECTORさんのエントリを受けて話しているわけですが、
両者に共通する大きな読み違いがあるように感じます。
それは、この記事は「仕事の時間」にフォーカスして語られたものという視点がないことです。

元の記事では
本来余ったはずの巨大な「暇になってはずの自分の時間」はいったい、いつどこに、消え去ったのだろうか?
と、明白に「自分の時間」と「仕事の時間」が区別されています。

要するにゼロハリ氏は、「パソコンもネットも早くなったのに、残業が減らねえよ!」と言ってるわけです。
(ゼロハリ氏はサラリーマンではない気がするので、残業は元々ないかもしれませんが(^^;)

この記事にコメントしている両者は、
主に自分の趣味的時間が情報技術の進歩によって改善された、と主張しているわけで、
それはそれで間違っていないと思います。
むしろ、情報技術の進歩によって新しくできた種類の趣味と言ってもいいと思いますから。

それに対して、
パソコンや携帯電話、インターネットやEメールがなかった頃に比べて、友人や、家族、恋人と話す時間が増えただろうか? 
残業が減り、子供とのコミュニケーションタイムや愛犬と遊ぶ時間は確実に増えているのだろうか? 
昔よりたくさんの本を読んでいるだろうか? 
毎週リアルタイムで見ていたテレビドラマは、DVDレコーダーの肥やしになってはいないだろうか?

というのは、既存の余暇の使い方に対して寄与していないと言っているわけです。
情報技術は、「自分の時間」を増やすことに寄与せず、必ずしも今までの我々の生活を改善しない、と。

そういう意味では、BRAIN PROJECTさんの「自らが招いて受け入れた情報の海の底」に消えたという答えは、
「自分の時間」であれば受け入れるしかないですが、
「仕事の時間」であれば「好きで受け入れたわけじゃねーよ!」となってしまうわけです。


さて、元記事に関する言及に戻りますが、
> われわれの大多数にとって、現在は、昔に比べて幸せになっただろうか?
という問いに対する答えは難しいと思います。
なぜなら、情報技術は社会のありようと密接な関係があるからです。

古くは活版印刷がそうであったように、現代ではテレビを中心としたマスメディアがそうであったように、
情報技術というものは社会に対して時に革命的と言っていい影響を及ぼします。
既存の文化を破壊してしまうことすらあるわけです。

そういうように考えると、情報技術と個人の幸せの関係を直接論じるのは一面的な気がします。
特に「仕事の時間」が減ることが個人の幸せにつながるというのは短絡的です。
「仕事の時間」に求められているのは仕事の結果をだすことで、それは常に相対的なものだからです。
競合他社に勝てなければ、ビジネスとして意味はないのです。
他社が同じような技術を使って同じ時間を使っているのであれば、
いかに技術が進歩しようと仕事の時間が減るわけがありません。

私は常々情報革命は社会を変えていくほど革命的たりうると主張しているわけですが、
それは情報と情報が関係しあっていくスピードが臨界点を超えた、
もしくは近いうちに超えるだろうと考えているからです。
核反応は温度(個々の粒子のスピード)と密度が一定の値を超えると発生します。
同様に、情報のスピードが上昇していけば、人類は知的活動の質的転換を迎えることができるかもしれません。

問題は、スピードが上がっても密度が下がっていると思われることです。
要するに、今までは淘汰されていた質の低い情報がたくさん混ざってきているわけです。
そして、悪貨が良貨を駆逐していくように、真に価値のある情報はしばしば埋もれてしまいます。

そうした意味では、情報の価値を判断しようとするGoogleのような試みは非常に興味深いです。
Googleの技術はリンクされたかどうかを価値判断の基準に使っていると聞いたことがありますが、
これはネットワークとして情報群を捉え、その中での重要性が情報の価値であるという考え方です。

それに対して、私が最近Trackbackというシステムに興味を持っているのも、
情報と情報がより強固なネットワークを作っていけるからです。
元々ハイパーテキストはネットワークを作るための表現方法ですが、
双方向にリンクを張ることでより強固なネットワークをつくることが可能です。
こうした発想の転換にGoogleのアルゴリズムが弱いのは当然のことで、
Google検索結果にウェブログの記事を表示させない方法
なんてのが記事になってしまうわけです。

それに対して悲しい現実は、個々の情報に価値がなければいくらネットワークを作ったところで無意味、ということを示すのみです。
Weblogが面白くないと言うのは、そうした意味では正しい主張で、
Blogバブルは少し前に見られた日記サイトバブルと同じ運命をたどるでしょう。
だって、普通の人の日常なんて面白いわけないんだから。

2004年05月20日

インディーズ小説?

今朝、新聞を読んでいたら、インディーズ小説がどうのこうのとか一面の記事紹介にあったので、
「インディーズっていうか、単なる同人じゃん」
とか思って新聞をめくってみたわけですよ。

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本当に同人だった_| ̄|○

kyokai.jpg
産経新聞平成16年5月19日朝刊

でも本当に欲しい人は、もう持ってるよなあ。
同人屋がない地方の人にとっては福音か。
と言いつつ、上巻の内容しか読んだことないので、買ってしまうと思われ。

もう予約できるらしいのでとりあえずbk1貼っときます。
(ブリーダー登録したらしい)
空の境界 上
空の境界 下


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(補足)
bk1のブリーダーっていうのは、
紹介先から購入された場合に紹介者に3%のポイント還元があるサービスです。
ブリーダー登録してる人は普通に3%のポイントになるので、新刊を買う人は登録してみると吉。

登録してる人がbk1リンクから買った場合、購入者と紹介者の両方にポイント還元されるのだろうか?
そうしたら、お互い紹介しあえば6%ポイントがつくということか?

そういやAmazonでもこういう紹介サービスあるけど、自分で買った場合のポイントってあったっけ?

2004年05月16日

現実となるSF

今日やっていたNHKスペシャル「疾走ロボットカー」がけっこう面白かったです。

内容は、米国防総省の肝煎りの無人ロボットの砂漠走行レースについてです。
番組が始まったときは、「ロボットカー?ITS絡みかな?」と思ったんですが、
軍事用のロボットカー開発のために1億円の懸賞金をかけたレースを軍が行ったという話でした。
レースはアフリカの砂漠で行ったそうですが、完走できたチームはいなかったようです。
しかし、かなりの高速で狭い道を走ることは可能だったようで、技術的には一定のレベルに達していると感じました。
実用化は時間の問題、という感じでしたね。

また、既に米軍などでは無人偵察機は実用化されていますが、
無人戦闘機もかなり研究が進んでいるようです。
その話を見ていてマクロスプラスを思い出しました。
パイロットを守るための設備がいらないため、小型化・軽量化が図ることができ、
人間の限界を超える運動性能を実現できる可能性があるという、
マクロスプラスに出てきた無人戦闘機の話がそのまま当てはまるような世界でした。

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情報技術を中心とした科学技術の進歩が既にSFに踏み入る領域まで到達しているという現実は、
考えてみると恐ろしいものです。
米軍はアメリカの国力を背景に、質的な変化を遂げようとしています。
現在でもアメリカの軍事力に対抗できる国家は存在していませんが、
10年後には技術的にアメリカと「戦争が成立する」国家は存在していなくなっているかも知れません。

逆に既に戦争が成立しなくなっていることが、テロ戦争が起こる原因かもしれません。
正面からの闘争が無意味なら、非常識な手段に訴えるしかありませんから。
こうした方法に対しては、既存の枠組みでは技術的な力だけでは対抗できませんでした。

ここで無人機の話に戻ります。
テロ行為の問題は、最低レベルの犠牲者が必ず出ることです。
そして、戦死者が出るのは国内政治的に問題があります。
軍事的には月に100人程度の犠牲者はそれほど問題にはならないですから。
こうしたアメリカの政治構造が無人機を要求しているのでしょう。

そういう意味では、すべての国家が同じアプローチを取る必要はないと思います。
人間の命の値段の問題ですね。
アメリカでは政治的に兵士の命の値段が上がっているということです。

わが国でもイラク戦争への参加で戦死者が出る可能性があります。
戦死者が発生した場合、政治的に今の政権は非常に苦しい立場に立たされます。
それはわが国が戦後歩んできた道を変えるために必要な通過儀礼だと思います。
今の日本がそれに耐えられるかは別問題ですが。

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#わが国が歩んできた道が正しいかどうかは別問題ですね。
#高度経済成長は平和主義がもたらした果実のひとつだと思いますから
#無意味であったとは思いませんが、同じ道を歩み続けられる状況にはないと考えています。
#「がんこに平和」とか言ってる人たちと、今のままで本当にいいのか一度議論してみたいです。
#いや、真面目に。

2004年05月15日

京ポン入手。

本日発売の京セラのAH-K3001Vに機種変更しました。
上図の通り、色はシルバー。
なんか品薄のようですので、
わざわざ午前休をとって機種変に行ったのは正解だったようです。

色々書きたいことはありますが、
ヨドバシの店員が電話帳転送をミスったので自分で転送しようと思ったら
ドライバとアプリのインストールが必要で、
せっかくだから不要な電話帳エントリを整理していたりしたら力尽きました。

午前休とったのに9時間も働いてしまったのが問題か。
というわけで、後日詳細なレポートをば。

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こっそり追記。
前に京ポンに関して言及したエントリ。
あじぽんほすぃ
不覚!

2004年05月13日

24時間営業

最近、近所のスーパー(ジャ○コ)が24時間営業を始めたんですよ。
5月の頭からですかね。
1階の食料品売り場のみですけど。

何を意図しているのかがいまいちわかりにくいですが、
とりあえず会社帰りに偵察に行ってきました。

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入店したのは0時30分。
付近を歩いている人を見かけない時間帯です。

正面入り口から入ると、まず目立つ位置に警備員がいます。
警備員自体は以前の午後11時までの営業のときも9時ごろには同じ位置にいた記憶があります。

奥の食料品売り場へ進むと、店内は昼間とほとんど変わらない様子です。
客がいない以外は。
普通に野菜が山積みになっていましたが、私以外に客は一人もいませんでしたね。
棚の陰になって見えなかった可能性はありますが、
しばらく歩き回ってみて目に付かなかったので、いたとしても一人か二人でしょう。

品揃えは基本的に昼間と一緒です。
惣菜売り場が少し寂しいくらいですが、
弁当が10個くらい置いてありましたし、焼き鳥とかサラダなどは普通に売っていました。
惣菜に関して予想外だったのは、見切り品がほとんどなかったことです。
閉店間際はよく値引きしてある見切り品があるものですので、
それを期待して行ったのですが、かなり少なかったですね。
ものによっては、夜になってから調理しているのでしょう。

店員はレジ要員が2名と、バックヤード要員を1名、警備員を2名確認。
警備員は、入り口とレジ付近で見ましたが、
倉庫にあと一人はいるでしょうし、交代要員も必要だと思いますので、
全部で5人くらいいるのではないでしょうか?
レジ要員は一箇所のレジにいましたので、交代するところだったのかもしれません。

店員が最低限何人かを考えると、
バックヤード要員は一人でがんばっていて、警備員の交代要員が1名でローテーションしていたとして7名。
午後9時から午前9時までその人数でまわすのはつらいと思われるので、
実質8~10名ぐらいの体制でしょうか。
かなり広いフロアに煌々と電灯を点け、冷蔵ケースもかなりの数があることを考えると、
電気代だけでも馬鹿になりません。
(冷蔵ケースは営業していなくと通電し続けていると思いますが。)

客の入りがいつもこの程度だとすると、明らかに赤字です。
私はバスがくるのがしばらく先だったので歩いて帰ってきましたので、
20分ぐらい最寄のバス停に降りる人がいなかったことを考えても、客は少なすぎです。

要因として考えられるのは、
 1.宣伝不足による認知度の低さ
 2.団地街なので夜は比較的早め
 3.時間が半端だった
といったところでしょうか。
1は予算的制約で仕方なかったとしても、2は致命的です。
駅前や繁華街の近くであれば夜遅くともある程度の人出はありますから。
しかし、スーパーの食料品売り場の客層を考えると、逆に住宅街の近くでないと客がこないかもしれません。
そもそも、深夜に買い物に行く人が欲しいものと、スーパーの食料品売り場で扱っているものの間には
かなり大きな差がありますので、企画から微妙だったということでしょうか。

24時間営業しているコンビニを食うつもりだったのかもしれませんが、
コンビニはノウハウの塊で表面的に真似しただけで儲けられるものではないのではないでしょうか?
規模としても24時間営業に最適化されているはずですから、
大規模スーパーが真似をしようと思っても簡単ではありません。
営業終了後の業務と営業前の準備で実質的に24時間ぐらい店員がいる体制だったのかもしれませんが、
だからと言って営業して利益が出るかどうかは別問題ですからね。

個人的には晩酌のつまみが安く買えるので歓迎なのですが、
残念ながら一ヶ月ぐらいでやめてしまうと予想しています。
長くて三ヶ月ですかね。
短い間でしょうし、帰るのが遅い日にはたまに寄ってみて定点観測でもしてみますか。